十五夜

(「和の伝統文化に学ぶ会」会報『いろりばた 第5号』より転載)
04/07/14
 今年の旧暦七月は、新暦では八月十六日から九月十三日まで、同じく八月は、九月十四日から十月十三日まで、九月は十月十四日から十一月十一日までである。(ちなみに、私はいつもマイクロソフトアウトルックのカレンダーで旧暦を調べている。ご参考まで。)
 早いもので、「いろりばた」発刊から一年が経った。つまり、この連載も年を一巡した。
 一年前は七夕のことを書いた。今回は、旧暦八月に集中しよう、と思って『江戸風俗往来』を開くと、なぜか八月の記述が極端に少ない。その半分が十五夜の月見に割かれている。やはり一五夜か。
 まず、明夜の天気は予想しがたいから、十四日の夜に月見の宴を開いて詩歌連俳を催す者もあったとある。
 「・・・市中おしなべて団子を製して月に供う。柿・栗・葡萄・枝豆・里芋の衣かつぎを三方盆にうず高く盛り上げたり。団子は大は経(わたり)三寸五分ぐらいより小さきは二寸余とす。」三寸五分といえば十一センチあまり、二寸でも七センチ弱だ。ずいぶん大きいことに驚く。
 「この団子に尾花・女郎花等を添えたり。当日前より米を臼にて挽き団子の粉を作り、十五日未明より家内打ち揃いて製するを吉祥としたり。」と読むと、家族のありようを改めて考えさせられる。核家族化の本質は単位の縮小ではない、文化の断絶であることがよくわかる。私自身、我が家にこの習慣を復活させる力はない。不徳を恥じると同時に、時代の流れの前の個人の無力を嘆かざるを得ない。
 「月に供うる団子の外に小団子を製し、一人に付き数十五個ずつに柿・栗等を添えて配分するより、・・・」なるほど、私たちが思い浮かべる団子の大きさはこちらから来たのだろう。
 団子など三方に盛られたお供え物は、尾花や秋草を挿した花入れとともに「座敷の縁先、あるいは屋上の物干台へ飾る。文人墨子は観月の筵を開き、吟詠の楽あり。」家族の説得はあきらめ、同志を集めて筵上の月見の会なら私にもできそうだ。
 そして前日の十四日から「江戸に尤も多く祭られける八幡宮の祭礼にて、遠くは神楽太鼓の音相響き、近くは幟の見ゆるところかなたこなたにありて賑わいし。」
 「深川富ヶ岡八幡宮とりわきて賑わい、楽車(だし)・屋台・練物などの催しあり。その外江戸近在に至るまで八幡宮の社ある所は、神楽囃子ならびに手踊り等の催しありて、当日は神輿の渡御(とぎょ)あり。芝田町西久保八幡宮は産子(うぶこ)町中、甘酒を醸して来客の饗応(もてなし)とす。」
 先般、夏至の前後の三夜電気を消してろうそくの明かりを楽しもう、という運動のことを友人から聞いた。気の利いた運動だとは思うが、そうやって果てしなく新しい「イベント」をひねり出すより、昔の暮らしに生きていた自然と季節への尊敬の習慣をもっと大事にしてはどうだろうか。
 同じ電気を消そうという運動なら、「百万人のキャンドルナイト」なるものより、むしろ例えば「電気を消して月見を楽しもう」などという運動の普及を願う。やはり私はカワリモノか。

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最終更新日 : 平成十六年十月十七日