恩師の話ではない。もちろん屋根屋の褌でもない。
澄み渡る秋の夜空に浮かぶ月影ひとつ。仰ぎ見てその清らかさに心奪われるのは私だけのはずがない。
昔から月は好きだったが、これほどまで惹かれるようになったのはここ二年ほどのことか。
月は自分から光を発しない。ただ太陽の光を反射するばかりだ。それでも、空が晴れていればその明るさは驚くほどだ。灯火無しで十分に散歩が楽しめる。しかしそれはなお凝視する目に心地よい光だ。
太陽はみずから発光して地上に恵みを与えること甚大だ。その力は他に並べ比べるべきものが無い。しかし、誰もその姿を凝視することが出来ない。
ずっと自力で生きて行こうと思って来た。集団に入れば、動かされる者にではなく動かす者になろうとした。なにごとも人より上手くやろうとしてきた。人生は自分で決められるものだと考えてきた。それが正しい姿勢だと思っていた。またそういう人を尊敬した。
それが間違いだとはいまも思わない。特に若い人はそうあるべきだと今も思う。
しかし、じっと黙ってそこにいて、人から慕われ信頼されるような人物に今はあこがれる。ただその人の穏やかな笑みを慕って、さまざまな人が気ままに来ては去りまた戻ってくるような人にあこがれる。
何千もの人が月を見つめ心を静める。何万もの人が月を眺め心を清める。何億もの人が月を仰いで優しさを胸に誓うのだ。
そして月はやはり太陽の陽にわが身を晒し、雲がわが身を覆い纏い戯れるのを許すのだ。
受動の主体が主張する。受動の主体だけが主張できるものを。
月は私の遠い憬れだ。
弓張りのわれ迷へるにつき添ふや
みちさき照らすひかり身にしむ 碧水
最終更新日 : 平成十五年十月二十日