両親が老人ホームに移ってから10ヶ月あまりが過ぎた。空き家となった実家を数ヶ月前から売りに出している。
まだ売れていないが、家財の整理を引き伸ばすのもそろそろ限界だ。両親の入った老人ホームも私の住まいも横浜にあり柴又まで遠い。また両親はもう体の自由がきかない。何度か私が行って片づけようとしたが、なかなか思うようにははかどらなかった。
今後も必要なものはすでに早い段階で移していた。もっともそんなものはいくらもない。問題は使わないものでも捨てられないということだ。
母親はそれがわかっていたから、あえてみんな置いてきた。あとは私に任すと言うのだ。
両親の形見になるようなものはいくつか持ち出した。近所の人に使えそうなものは持って行ってもらった。
今日最後の整理に行ってきた。残ったものは来月早々に産廃屋に捨ててもらうことに決めてある。
それらはみなもう二度と使わないだろう物だった。しかしごみとは思えなかった。どれでも手に取ればそれにまつわる思い出が目に浮かぶ。母のつけていた家計簿。父の貯めていた新聞の切り抜き。そんなもの取っておいてもなんにもならない。でもそれらは、あの二人が生きていた証明書のように思われた。
いや、証明書などと言うかしこまったものではない。むしろ、足あとみたいなものか。その足あとももうすぐきれいにかき消される。
人が生きるって、大変なことだが、はかないものだ。空き家に散乱するガラクタを見ながらしみじみそう思った。
「静かに思へば、よろづに過ぎにし方の恋しさのみぞせん方なき。・・・このごろある人の文だに、久しくなりて、いかなるをり、いつの年なりけんと思ふは、あはれなるぞかし。手なれし具足なども、心なくて変はらず久しき、いとかなし。」(徒然草 第二十九段)
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最終更新日 : 平成十六年五月二日