空き家になっている実家に用事が有って行ってきた。
近所の親しいおばさんの家に挨拶に寄った。母がこのおばさんと60年来の友達で、家族ぐるみの付き合いだった。すぐ失礼しますとか言って上がり込んだが最後、思い出話と世間話の花盛りに2時間あまりの長居となった。
古民家の話題から昔の家の良さに話が及んだ。土間、縁側、深い軒。みなすばらしい機能を持っていたのに、戦後の「合理性」には嫌われて姿を消した。障子、襖、畳、土壁・・・
おばさんのお父さんは大工だった。子供の頃床の間の「チンクグリ」について教えてくれたそうだ。
それは武家の床の間だけにあった、小さなくぐり戸だそうだ。緊急時に主人が逃げるための隠し戸ではない。
家来の不始末にあわやお手うちという場面で、刀を振り上げた殿はその家来に目配せをする。そして、その隠し戸へと家来を促すのだそうだ。家来が身をかがめて「チンクグリ」を通れば、畜生にまで身を卑しめた家来を手打ちにすることなく放免した。
すなわち「狆くぐり」。狆は日本古来の一犬種。
武士といえども無闇に人を切らないための巧妙な文化的仕掛けであった。
そこでまた昔の思い出話。
子供はよく悪戯をしたものだ。そしてよく親からしかられたものだ。たたかれた。押入れに入れられた。表に出されて鍵をかけられた。柱に縛り付けられた。もっと悪い子は外の木に縛り付けられたりした。お灸をすえられた。これは今では比喩的表現になっているが、私の子供の頃は実際にもぐさを手足に置かれて線香で火をつけられた。恐ろしくて泣き叫んで謝ったものだ。
そう聞くと、今の人は、ひどい親たちだ、虐待だと憤慨することだろう。しかしそれは大きな誤解だ。話は逆で、そういう文化が途絶えたから、今恐ろしい幼児虐待が頻発するのだとも考えられる。
やり方によるが、お灸は実際はそう熱くない。火傷をすることもない。漢方の一療法だから当然だ。子供はさぞ熱かろうとすぐに謝るから、藻草に火が付く前にお仕置きが終わる場合がほとんどだった。
木に縛る場合も、それで子供が傷つくこともないし、よほどの強情ものでない限り数分、せいぜい数十分で謝って縄は解かれる。
仕置きをする親も、子供の時同様の目にあってきたから、ちゃんと適当な方法と間と強さを心得ていたのだ。それは文化的、社会的な装置だった。
また、父親がひとしきり怒ると、絶妙のタイミングで母親が救済の手を差し伸べる。と、決まっていたのだ。
「お父さん、もうそんなに怒らないでやって下さい。この子もずいぶん分かったと思いますから。ねえ、太郎。お前が悪いだろ。ちゃんとお父さんに謝って、許していただきなさい。お母さんも一緒に謝ってあげるからね。」なんとうまく出来たシナリオ、役割分担だろう。完璧な教育的ノウハウ。これは、日本社会の伝統の技だった。
あるいは、外で母親にしかられていると、いいころあいに近所のおばさんが同様の仲裁をしてくれた。先生にしかられると、親が謝りに行った。みんながこの習慣をわきまえていて、それぞれの役割を適所で演じて、子供を教育し、社会的モラルを守ってきたのだ。
こうして子供は、社会秩序の厳しさと人情の優しさを表裏一体のものとしてわが身にしみ込ませることになる。
こういう訓練を受けて育ってきた親たちは、だから本気で子供を傷つけたり、殺したりはしない。子供のほうも仕置きされたくらいで、簡単に傷ついたり落ち込んだりしなかった。
狆くぐりはそういう社会の文化的な装置だ。
けじめははっきりとつけ、かつ、罰っせられる者に救いの余地を残し、秩序を守る装置。
昔の日本人のほうが私たちよりはるかに大人だった。もし彼らが現代に現れ、私たちの社会を目にしたら、それは世間知らずの集団としか映らないだろう。
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最終更新日 : 平成十五年十月二十一日