小泉第二次内閣の閣僚人事が発表されると、それを見て石原都知事が「純ちゃんは人事の天才だと思った」と発言した。ぼくなんかはるか昔から純ちゃんが天才だと知っていた。今頃そんなこと言う慎ちゃんはずいぶん鈍い。
もう何年前になるだろう。馬鹿の一つ覚えみたいに「郵政の民営化」を唱えだしたときに、小泉純一郎が天才だということははっきりしたのだ。
70年代以降、日本国の最大の癌は財投だ。財投という仕掛けが、政官民一体の利権構造の中心に存在してきた。これが国民から金を吸い上げ、政治家たちと特定の私企業たちの私腹を肥やし、官僚たちの理不尽な権力を補強するエンジンとして猛烈な力を発揮してきたのだ。
財投の最大の財源が郵便貯金であり、最も有力な利権政治家グループのもっとも有力な支持基盤が特定郵便局長たちだった。
だから「郵政の民営化」論は、馬鹿の一つ覚えみたいで馬鹿の一つ覚えではない。まさに構造改革のど真ん中を突く大当たりだった。
僕はすぐにそれが分かったから、純ちゃんが天才だということはすぐに分かった。
その時、世の中の多くの人は、郵政民営化のそこまで深い意味を解さなかった。マスコミの大勢がそれに気付くまでにも少し時間が必要だった。
でも、僕が純ちゃんが天才だと思ったのは、純ちゃんがそれに気づいたからではない。政治家なら、よほど知能が劣る者でない限り、それに気づかないわけがない。彼らにとっては常識中の常識。なにせ飯の種なのだから。
純ちゃんが天才だと思ったのは、あのタイミングで、公然とこのど真ん中に剣を突き立てたことだ。自民党の政治家にとって、タブー中のタブー。あの慎ちゃんにしてなし得なかった暴挙だ。とてつもない度胸と、世論の支持を力にやり抜けるという並外れた政治的洞察力と決断力なくしては決してなし得なかった。それをやれたのは、日本の政治家の中で小泉純一郎ただ一人。だから僕は小泉純一郎を天才政治家だと知ったのだ。
つづく
最初に戻る
最終更新日 : 平成十五年十月二十一日