ところが、ぼくは本気でこれを考えている。
現代の普通の日本人の感覚からすれば、確かにヘンなことでしょう。学校でハーモニカやリコーダーのかわりに琴や和式横笛(正式名称は何でしょう。なんとぼくはそれを知らない!)を習わせる?そんなばかな。女の子にはジャズダンスのかわりに日本舞踊?なにそれ。と、こう来るでしょう。ネッ。
でも、ホントにそんなにヘンなことでしょうか。
日本以外のたいていの国がやっていることだと思います。自分の国の文化を中心に学校で教えるということ。
日本の学校で、日本舞踊ではなくジャズダンスを教えているということの方がホントは余程オカシイということにもっと多くの人が気付いて欲しいものです。
よく出される例ですが、英国では俗にマザーグースと呼ばれる伝統的なライムが学校で教えられます。日本で言えば、手まり歌などのわらべ歌にあたります。同じライムをお父さんもおじいさんもかつて習った。こういうのを文化と言う。
日本には日本の文化体系というものがあった。これが崩れてしまったことが本当に惜しい。
確かに、相撲は残っているし、歌舞伎も能も残っている。華道も茶道も有ります。日本料理もモチロン生活の中に生きている。(料理が一番生き生きと生き長らえていますね、そう言えば。)
ところが、これらの多くが、いわばエキゾチックなものとして位置付けられている。むしろ現代人にとって異文化に接する機会として存在しているのではなかろうか。個々バラバラにエンターテインメントの一例として存在しているに過ぎない。高級温泉旅館に行くのもハウステンボスに行くのも同列に位置付けられている。
単なる見世物としての日本文化。
クリスマスやバレンタインデーなど、今やすっかり日本人の生活に定着しています。商売の機会として利用されたということも手伝って、本来の趣旨とは関係ない祝い方も横行している。最近では、ナント、ハロウィーンまでやっちゃううちが増えてきた。何の祭りか分かっているのでしょうか。
その一方で、日本の正月の祝い方も知らない人たちが増えている。お盆にお迎え火、送り火などやるうち見たことない。
パパ、ママはもう時代遅れで、最近ではマミー、ダディーなんて呼ばせている親がそこかしこに出現した。そう言えば、「アーチーチー」などと叫んで稼いでいる歌手もそんな題の本を出してたっけ。
リゾート開発といえば、カナダだ、オランダだ、スペインだのというテーマパーク。
これは象徴的な現象で、いわば、日本全体がテーマパーク化していると言っていいのでしょう。Fake World。ニセモノに埋め尽くされた国。
また、日本の美しい海岸線や河岸は、ことごとくコンクリートで固められている。街は、国籍不明のありとあらゆる雑多な様式の建物か、あるいは無様式の灰色の箱の群れに埋め尽くされ、汚染されている。そうしておいてわれわれ日本人は、「外国は美しい」などとため息をつくのだ。
ぼくは、こういう日本から抜け出して、喪われた国に行きたいと言っているのです。
こんな風に言うと、次のような反論が返ってきそうです。
何が日本の文化だ。どうせすべてもとを質せば外来のものではないか。中国からのもらい物ではないか。戦国の昔から鉄砲をはじめ多くの西洋の利器が日本人の生活に影響を与えて来たではないか。日本古来の文化と言うなら、縄文まで溯らなければならないではないか、と。
それにはこう答えたい。
(つづく)
最終更新日 : 平成十五年二月二十日